野良里蔵狸 -norakura-

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葬式の「清め塩」は迷信?差別?

 葬式の「清め塩」が、今まで親しんできた人が亡くなった途端に、けがれた存在とみなすのは人間の尊厳を冒涜(差別)だとして、清め塩を廃止する運動があちこちで行われているらしい。
 これが、そういう認識を持つ宗派だけで行うならまだ理解できるが、とうとう行政(市)が「啓発」したから驚いた。

 場所は天橋立(あまのはしだて)で有名な京都府宮津市。4月末の産経新聞(関西版)に『「清め塩、死者を冒涜」 京都・宮津市の“啓発”に市民反発』とのタイトルで掲載された途端、ブログや2ちゃんねるに注目されている。

 清め塩は迷信(差別)なのか。市の対応と共に調べてみた。


 そもそも、清め塩は迷信なのか?

 「清め塩 迷信 廃止」でググると、たしかに廃止を訴えるサイトがいくつか浮上する。ざっとみると、だいたい1990年代後半から活動を開始している。代表的なのがこの2つ。

  清め塩を廃止しよう
  暮らしの中で 差別と迷信

 他にもあるが、迷信と主張するのはすべて浄土真宗ばかり。また、これを差別として主張しているのが部落解放同盟(同和)。「暮らしの中で 差別と迷信」はトップを辿ると、篠山市人権・同和教育研究協議会サイトだった。
 検索で比較的上位にでる「葬祭のいま」は神戸新聞サイトの記事だが、登場人物は浄土真宗の者だし、「兵庫県多紀郡丹南町でも、住民が人権同和学習を通じて清め塩の廃止を実践」とのことから、同和絡みは明白。どちらかというと提灯記事の部類だろう。

 ちなみに、浄土真宗本願寺派と同和は無関係ではない。むしろ、癒着関係といっても過言ではない。

  迷走・西本願寺にみる「同和」の威力マリード【同和行政オブザーバー】

 呆れてしまった。トップページには同和利権や、京都市の迷走ぶりも伺える。

 清め塩については、ここがわかりやすい。

  清め塩について考えてみましょう神社と神道

 ここでは、(財)福岡県人権啓発情報センターが同様な啓蒙活動を行ったのをきっかけに、流れを追って説明している。
 興味深いのは同じ浄土真宗でも清め塩廃止を批判しているところ。「文面をみると青臭い。一部の僧侶が若さにまかせて書いたのだろう」と相手にしていない。
 ここを読む限り、清めに塩を用いることが決して死者をけがれとして冒涜したり、差別的な行為を助長するものではないことはわかる。少なくともまっとうな日本人なら、清め塩が「差別」などとは考えたことなどなかっただろう。

 「けがれ(穢れ)」とは「人の生命力が損なわれる」「気力が無くなる」という解釈がされており、汚いなどの差別的要素は全く含んでいない。神道学や民俗学の考察でも「穢れ」を死者冒涜につなげたり、差別思想を含んだものとしては見ていないという意見もあった。

 ちなみに、個人的には清め塩はけがれ云々ではなく、葬儀という霊が集まりそうな場所から身を守るためのものと認識していた。なので、霊を祓うという意味で玄関前で塩をまくものとばかり思っていた。
 さすがに今回の争点が神道・仏教であり、この話題がなかったのは少々残念(´・ω・`)

 まとめると、「人権」と名の付く団体が、屁理屈をこねて騒いでるのが、清め塩廃止の本来の姿のように思う。何かしら実績を上げないと、お金にならないだろうし。ちなみに、清め塩不要論は各地に飛び火し、東京都品川区でも、「清め」と「ケガレ」として「人権啓発」されていた(大田区でも全く同じもが)。

 団体の主張に共鳴して、清め塩を行わないのは個人の自由だし、僧侶がそういうならば檀家も耳は傾けざるを得ないだろう。それはそれでいいと思う。
 問題は、これを行政が税金を使って、啓発したことにある。

 啓発とは、辞書によれば「人々の気がつかないような物事について教えわからせること」。これが各宗派共通の認識であればわかるが、先ほど書いたように浄土真宗本願寺派と人権団体が叫んでいるにすぎない。これに税金を投入して、さも当たり前のように教えを説くから始末に負えない。余計なお世話だ。

 宮津市の場合、産経の記事から、

 ・平成16年に市民に「葬式には清め塩を出すか」と意識調査を実施.
 ・平成17年6月、市広報誌(月約8,600部発行)に「人権の小窓」コーナー開設.
   ※清め塩に対し、否定的な意見を掲載.
 ・平成17年秋に同じような内容のチラシを全戸に配布.
 ・火葬申告に訪れた市民に清め塩廃止をアドバイス.
   ※申告時に「清め塩をなくそう」の専用チラシを配布.

 と行政がさかんに活動しているのがわかる。チラシ作成に「余計な」税金が投入されているのは間違いないだろう。
 記事では、男性市民に「日本人に受け継がれてきた風習で、市役所が口出しすることではない」と批判され、学者からも「政教分離に抵触する疑いがある(憲法違反)」を指摘されていた。

 さすがにマスメディアの威力は大きいのか、数日後には方針転換。

  「清め塩」廃止呼びかけのチラシやめる 京都府宮津市【産経関西】5/3
  ※本記事消滅のため、リンクはGoogleキャッシュ.

 火葬申告でのチラシ配布をやめた他、ホームページに今後の対応を載せた。

  『清め塩』に係る宮津市の対応について 5/2

 ただ、読んでみると謝罪はなく、やめるとは一切書いていない。加えて、責任者名が全くなく呆れてしまった。あくまでも「検討」(新聞報道では「見直し」)のみで、悪いとは全く思ってないのだろう。
 それでもマスメディアの前では自粛するあたり、何を考えているのか今一つわからない。

 なお、宮津市掲示板は凄いことになっている。

  みんなの伝言板

 市民というよりは、日本人の怒りを感じた。ただ、2ちゃんねるで祭りにされたせいか、掲示板が荒れまくり、一般人が読むには少々きつい気がした(4日深夜以降)。
 本来、ここの掲示板は100件しか保存されないのだが、連休前に一気に1,000件まで拡張されている。おそらく管理者が、連休中しっかり休むためにログがこぼれないようにしたと思うのだが、そう考えると連休明けまで荒れそうだ。
 読むなら最新でなく、古い方から読んだ方がいいかもしれない。4日深夜以降は結構荒れているので注意。

 掲示板で興味深いのは「宮津市は、みなさんの意見等を参考にさせていただきますが、割り込みはしません」と謳っておきながら、5月1日午前、勤務時間中に市職員らしき人物が「匿名」で清め塩廃止について肯定的な意見をしたところ(さらに使用した文章が無断引用という始末)。
 掲示板に表示されるドメイン(proxy.city.miyazu.kyoto.jp[210.171.143.67])からバレたのだが、その後の対応がまた胡散臭い。まず、バレた途端、この記事を削除(百歩譲って、無断引用のため削除したとも考えられるが)。

 5月4日付の産経新聞紙では、この疑問について宮津市秘書広報係が「どのパソコンからの書き込みかは特定できない。市歴史資料館にある一般公開の端末から市民が書き込んだ可能性もある」と回答したらしい。
 もし事実であれば、市歴史資料館のパソコンを使って、ネット犯罪を行える可能性もあり、職員書き込みよりも事が重大だろう。それに特定できないということは、ネットのログを取っていないわけで、セキュリティ面でも大問題だ。
 しかし、これにはとんでもないオチがあり、宮津市歴史資料館は、書き込みがあった月曜日なんと休館日。何も調査せず、身内をかばっているのがバレバレだ。

 ここまでくると、市職員、教育委員会を含め、宮津市は同和ばかりなのかと疑ってしまう。

 ふと、宮津市の寺は浄土真宗しかないのか?と思って調べてみたら、やはりそうではない。たしかに大頂寺は浄土真宗だが、江西寺は臨済宗、盛林寺は曹洞宗、妙立寺は日蓮宗とばらけている(妙円寺は未調査)。
 そうなると、税金を投入してまでやることではない。まして、過去に清め塩が原因で差別された例は聞いたことがないし、穢れと汚れを同一視する理論自体が破綻している。
 市民が言っていたように、清め塩は日本人に受け継がれてきた風習であり、市役所が口出しすることではない。
 また、清め塩について、同和(浄土真宗)の考えばかりでなく、他の考えもしっかり併記して貰いたい。このままでは同和の考えを盲信してしまう人が増えてしまいそうだ。むしろ、それが狙い?とも思ってしまった。


参考スレ)
 【社会】「こんなに抗議くるとは」"葬式の清め塩、迷信だからやめよう"呼びかけを撤回…京都・宮津市★4(ニュー速+板@2ch)
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